オマール・シー主演のフランス映画「ショコラ ~君がいて、僕がいる~」を試写会で観た。

19世紀末から20世紀初頭にかけて、パリで大人気だった芸人コンビ「フティット&ショコラ」の実話を映画化。

満足度 評価】:★★★★☆

すごく素敵な映画で、心が温かくなる部分もあり、すごく悲しくなる部分もある作品だった。

とても堂々として幸せそうに見える人でも、その裏側には辛くて悲しい人生があることに改めて気付かされた。


「ショコラ ~君がいて、僕がいる」予告編 動画

(原題:CHOCOLAT)




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キャスト&スタッフ


出演者

オマール・シー
…(「あしたは最高のはじまり」、「インフェルノ」、「二つ星の料理人」、「ジュラシックワールド」、「パーフェクト・プラン」、「サンバ」、「最強のふたり」など)

〇ジェームズ・ティエレ

オリヴィエ・グルメ
…(「午後8時の訪問者」、「運命の門」、「サンドラの週末」、「若き人妻の秘密」など)

監督

ロシュディ・ゼム
…(「チャップリンからの贈り物」(出演))

2015年製作 フランス映画


ショコラ君がいて、僕がいる


あらすじ


19世紀末。フランスの田舎のサーカスで人喰い族の芸を演じていたカナンガ(オマール・シー)は、道化師のフティットと出会い、フティットの(ジェームズ・ティエレ)誘いで道化師に転身する。

名前もショコラに変え、「フティット&ショコラ」のコンビ名で売り出すと、たちまち人気がでてサーカスは大盛況に。

すると、パリのサーカス、ヌーヴォー・シルク座から声がかかり移籍すると、たちまち、パリで人気の道化師コンビとなった。

しかし、芸人として人気が上がる一方で、収入が増えるとショコラは、毎晩酒と女とギャンブルにお金をつぎ込むようになり、私生活は乱れていくばかりだった…。

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感想(ネタバレあり)


19世紀末にパリで大人気だった黒人道化師ショコラの実話


この映画で描かれているのは実話である。

19世紀末。

田舎のサーカスで「人喰い族」の芸をしていたカナンガが道化師のフティットに出会い、一緒にコンビを組まないかと誘われる。

それまで、「人を怖がらせること」を芸としていたカナンガには、「人を笑わせるコツ」が良く分からなかった。

しかし、名前を「ショコラ」に改名し、フティットに教えられた通りに演じ、「フティット&ショコラ」として売り出し始めると、彼らはたちまち大人気になった。

そして、瞬く間にパリの名門サーカス、ヌーヴォー・シルク座の人気道化師コンビとなる。

ここまでは順風満帆だった。

パリで人気者になったフティットとショコラ。

毎日、ネタを考える真面目なフティットに対し、毎晩、酒とギャンブルと女に溺れ遊び歩くショコラ。

生活が派手になり、金遣いが荒く、ギャンブルで多額の借金を抱えるようになってしまったショコラは、パリでも目立つ存在になってしまう…。

ショコラ君がいて、僕がいる3

芸人は良くても、俳優はダメ


ショコラがパリで目立つようになった頃、「身分証がない」という理由で警察に拘束されてしまう。

ただ拘束されるだけでなく、警察官たちから不当に暴行を受けてしまう。

その時、留置場の中で知り合った黒人から「プライドを持つ」ことを教えられる。

「黒人であること」で笑われる人生のどこがいいのかと言われ、改めて自分のアイデンティを考えるようになるショコラ。

そこから、「芸人」であるよりも、「俳優」としての人生を考えるようになる。

かつて、マルコムXも自分のアイデンティティを考えるきっかけになったのは刑務所だった。

刑務所や留置場は、1人でいる時間も長く、本を読むことが許されているため、自分の人生について深く考える時間になるようだ。

そしてショコラは、「芸人」ショコラの名を捨て、「俳優」ラファエル・パディーヤとしてシェークスピアの戯曲「オセロ」の舞台に立つ。

「オセロ」は、黒人の王様が主人公の物語だから、自分にもできると考えた。

しかし、「芸人」のショコラが大好きな観客も、ショコラ(=黒人)がシェイクスピアを演じることは許さなかった。

「シェイクスピアを侮辱している」と言い、ブーイングの嵐。

彼らにとって舞台はサーカスと違い、白人のものであり、黒人が演じたら汚れるとでも考えたんだろうか。

これは、ショコラにとってあまりにも酷い仕打ちだった。

私はこの大ブーイングの場面を観て、初めは何が起きているか分からず目がテンになってしまった…。

そして、ショコラのパリでの人気は急落していき、人々はあっという間にショコラのことを忘れてしまった。


ショコラ君がいて、僕がいる4

現在のフランスで大人気のオマール・シーがショコラを演じる


ショコラが活躍していた時代から100年以上経った現代。

ショコラを演じたのはオマール・シー

彼は、現在のフランスの大スター。

そして、フランスで暮らすアフリカ系移民役の定番俳優でもある。

そんな彼だからこそ、このショコラの気持ちにリンクする部分があったんだろう。

黒人だからという理由で、必要以上にデフォルメして演じることもあるだろうし、不自然な演技を迫られることもあるのではないだろうか。

そして、ショコラの時代ほどではないにしても、いまだにアフリカ系移民に対する偏見と闘う部分もあるのではないだろうか。

だからこそ、黒人の置かれている環境を周りの人たちに気にして欲しくて、彼はこのショコラの役を演じたのではと思う。

そして、ショコラの相方フティットを演じるジェームス・ティエレは、あの喜劇王チャップリンの孫で、幼い頃からサーカスに出演していたのだという。

そんな彼だからこそ、フティットの気持ちが分かる部分があったのだろうと思う。


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100年経てば人間も進化するはず…


どんな人も、周りに何を言われようが、自身を持って堂々と生きれたら良いと思う。

もしも、ショコラにもそんな強さがあったら、また道化師に戻って一から出直せただろうか。

今でも心に残るのは、ラスト晩年のショコラをフティットが訪ねたシーン。

彼の部屋に貼ってあったのは、フティットとショコラの全盛期の写真。

それは、彼にとって、その時が一番幸せだった時。

もう少し観客たちが寛容だったら、ショコラも幸せに生きれたのにと思わずにはいられないシーンだった。

強そうに見える人も、心の中にはいろんな悩みを抱えて生きている。

人々の目に怯え、プレッシャーに押しつぶされながら生きている。

ショコラが亡くなって100年が経ち、人間が進歩しているのだとしたら、あの頃よりも人は寛容になっているはず。

私たち、有色人種が白人社会で生きていけるのは、ショコラのような先駆者がいたからだということを忘れてはいけない。



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