レバノン映画「判決、ふたつの希望」を試写会で観た。

レバノン人とパレスチナ人の間で起きた口論が、思わぬ反響を呼び、国を二分する論争に発展してしまう人間ドラマ。


満足度 評価】:★★★★☆(4.5)

素晴らしい映画だった!

何気なく言った「侮辱」が思わぬ反響を呼び、国を二分する論争へと発展してしまう。

対立する2人に必要なのは「理解」と「対話」であり、その結末には世界中で起きている紛争を解決させる希望があった!

目次

  1. 予告編
  2. 更新履歴・販売情報
  3. キャスト&スタッフ
     出演者
     監督
  4. あらすじ
  5. 感想


『判決、ふたつの希望』予告編 動画

(原題:L'insulte)



更新履歴・公開、販売情報

・2018年8月8日 映画館にて鑑賞。

・2018年9月6日 感想を掲載。

・2019年9月3日 WOWOWでの放送に合わせて加筆・修正。

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キャスト&スタッフ


出演者

〇アデル・カラム

〇カメル・エル=バシャ

〇リタ・ハーエク

〇クリスティーン・シュウェイリー

〇カミール・サラーメ

〇ディヤマン・アブー・アッブード


監督・脚本

〇ジアド・ドゥエイリ


2017年製作 レバノン・フランス合作



映画「判決、ふたつの希望」



あらすじ

レバノンの首都ベイルートで、パレスチナ人のヤーセル(カメル・エル=バシャ)は、住宅の補修工事を行っていた。

その工事現場の近隣に住んでいるトニー(アデル・カラム)は、ベランダで植木に水をかけている際、その水がヤーセルにかかってしまい、そこから口論になってしまう。

その後、二人は互いに和解しようとしたが、話は決裂、トニーは「侮辱され、精神的なショックを受け、妻は早産になってしまった」という理由でヤーセルを訴え、裁判にまで発展してしまう。

2人の裁判は、マスコミに大きく取り上げられ、やがて国を二分する論争にまで発展する…。



映画「判決、ふたつの希望」




感想(ネタばれあり)


売り言葉に買い言葉が思わぬ論争に発展


誰かと口ゲンカをするとき、丁寧な言葉で静かにケンカする人は、それほどいないだろう。

多くの人が、売り言葉に買い言葉で、その場の感情に任せて相手を罵る言葉を吐いてしまう。



例えば、子供の口ゲンカだったら、「お前の母ちゃん、でべそ!!」と言って相手を罵る。

すると、その言葉が相手をさらに激怒させ「俺の母ちゃんを悪く言うな!侮辱するな!」と言って、さらにケンカは続く。



この映画は、その『侮辱』が、国を二分する論争にまで発展してしまう姿を描いている。



きっかけは、キリスト教徒のレバノン人トニーの「植木の水やり」だった。

トニーが、その住宅では違法の雨どいを勝手につけていたため、植木から流れた水が、その下で建築作業をしていたパレスチナ人のヤーセルにかかってしまう。

そこから、口ゲンカが始まり、一旦は和解をしようとしていたのが決裂、最後にはトニーがヤーセルに「お前なんか、シャロンに虐殺されれば良かったんだ」という言ってはいけないセリフを吐いてしまう。



ちなみにシャロンというのは、タカ派で知られるイスラエルの政治家で、パレスチナ解放機構(PLO)と対立、イスラエルやレバノンからPLOを追放し、多くのパレスチナ人を殺した政治家として知られている。


そのため、「シャロンに虐殺されれば良かったんだ」という言葉は、パレスチナ人であるヤーセルにとっては、人種そのものを否定し、侮辱するヘイトの言葉だったのだ。



そのため、激怒したヤーセルは、思わずトニーを殴ってしまう。

殴られた側のトニーは倒れてしまい、それを見た奥さんはショックを受けて早産になってしまう。

その結果、「精神的苦痛を受け、妻が早産になった」として、ヤーセルを訴えることになったのだ。



映画「判決、ふたつの希望」



裁判に見るレバノンの縮図


さきほどの「お前の母ちゃんでべそ」論争では、ケンカがヒートアップした時にどうするだろうか。

間に共通の友達が入ったり、それでも解決できなかったら、先生が仲裁役を務める。

しかし、その頃には、クラスメイトたちは、「でべそ」と言った方に味方する子たちと、そうではなく、言われた子に味方する子に別れている。



そこで、2人の仲を仲裁する人や先生は「そもそも、なぜ二人はケンカを始めたのか」を思い起こさせることから始め、周りの人たちが納得するような正解を出さなければいけない



この映画でも、裁判では二人の口ゲンカについて「なぜ、そんなことになったのか」という原因から話をスタートさせる。

しかし、その頃には傍聴席はトニーに味方するキリスト教徒と、ヤーセルに味方するパレスチナ人で真っ二つに分かれている



さらに、トニーの弁護士は保守的な右派で、ヤーセルの弁護士は人権派の左派であり、思想的に対立しているように見えたが、なんと二人は親子だった。

その裁判では、原告も、被告も、弁護士も、とてもパーソナルな部分に問いかけ、向かい合うという裁判になったのだ。



そこまで来たときには、私は正直、「あぁあ…なんでそんなことに…」と思っていた。

裁判にまで行く前に、どちらかが譲歩して「ごめんなさい」と言っておけば、丸く収まっていたはずだったからだ。

しかし、私は2人の置かれた環境について理解できていないからこそ、そう思ったのだ。



その裁判は「現在のレバノン」をそのまま表したものだったのだ。

キリスト教徒のレバノン人は、移民であるパレスチナ人を「ろくでもない奴」だという偏見を持ち、パレスチナ人はレバノンからも、イスラエルからも嫌われていて、生きていくために、その土地に受け入れられようと必死だ。

右派の人々はレバノン人の権利を守ろうとし、人権擁護側の左派は「移民との共存」を訴える。



実際の宗教的な比率は、カトリック系キリスト教徒が40%で、イスラム教徒が55%を占めるようだが、そのイスラム教徒の中でもスンニー派とシーア派に別れているので、最も人口が多いのはキリスト教徒なのだという。


裁判所で起きていることは、まさにレバノンの縮図だったのだ。



映画「判決、ふたつの希望」



和解のために必要なのは理解と対話


「お前の母ちゃんでべそ」論争で、まず考えるのは「なぜ、でべそと言われてそこまで激怒するのか」という理由である。

ちょっと言ってしまっただけなんだから、そこまで激怒しなくても…と周りの人たちは思っているからだ。



しかし、もしも、その言われた子お母さんが、病気だったり、寝たきりだったり、亡くなっていたりしたらどうだろうか

それでも、「何もそんなに怒らなくても」と言えるだろうか



そもそも、相手のことをちゃんと理解していれば、そんな暴言は吐かなかったはずで、そうなる前に対話をしておけば、こんなことにはならなかったのだ。



この映画の口ゲンカも一緒だ。

トニーが「お前なんかシャロンに虐殺されれば良かったんだ」と思わず言ってしまった時、レバノンで生活するために、毎日、一生懸命働いている移民のヤーセルに対して、そんなことを言ってはいけないと分かっていたはずだ。

では、なぜトニーはそんなことを言ってしまったのか



それは、彼が幼い頃に過ごした「ダムール」という土地に理由があった

そこでは、PLOとレバノンのキリスト教徒の間で紛争が起き、PLOがキリスト教徒を150~582人虐殺するという痛ましいダムールの虐殺事件が1976年に起きている

その頃、トニーはまだ幼かったのだが、命からがら家族と共にそこから逃げ出したのだ。




その幼少期の実体験が、トニーを「移民嫌い、パレスチナ人嫌い」にしてしまったのだ。

ヤーセルも、ただ侮辱されたと激怒する前に、トニーの人生の背景にある事情を知るべきだったのだ。



これは、世界中で起きているヘイトスピーチで言えることだけれど、相手を侮辱する前に、相手のことを理解し、対話することが必要なのだ。

もしも、相手のことを良く知らずに言ってしまったとしても、遅くない。

そこから知る努力をすればいいのだ。

そして対話をして、お互いの誤解を解けばいいのだ。



映画「判決、ふたつの希望」



相手を侮辱する前に、相手を理解する努力の大切さ


そんな二人の口ゲンカは、最終的には、大統領が間に入るまでの論争に発展してしまう。



しかし、二人は裁判をしている間に、お互いの立場や背景を理解し、裁判以外のところで理解し合っていたのだ。

それが、ヤーセルの車のエンジンを直すためにトニーが戻ってきたシーンだった。

あの場面は、素晴らしい名場面だったし、今思い出しても泣けてしまう。



ここで意義があるのは、裁判の判決よりも、その2人が理解し合えたことだ。

現在、世界中で起きている紛争の多くが、イスラム教徒が異教徒であるキリスト教徒を攻撃することから始まり、それを受けてキリスト教徒側が報復し、多くの罪もない人たちが犠牲になってしまう。

その繰り返しだ。



しかし、トニーとヤーセルの和解には、その世界中の紛争を解決する希望が込められている

誰だって侮辱されたら腹が立つ。

だからと言って、その侮辱にイチイチ腹を立てていたら、この映画のように裁判にまで発展してしまう。



そこで、一呼吸おいて、「相手はなぜ、侮辱的なことを言うのか」そして、「なぜ、自分はこんなに相手に腹が立つのか」という、その理由を考えてみればいい。

案外、大した理由ではないかもしれないし、それでも、収まらないようなら「冷静に対話する」ことが必要なのだ。

冷静になるということは、そんなに簡単なことではないけれど、「そうする努力」が世界を平和に導くのだ。



これは、レバノンを舞台に描かれているけれど、どの国でも起こりえる話である。

日頃、私たちは簡単に人を嫌いになったり、平気で悪口を言ってしまう。



しかし、その多くがたいてい、相手のことを知りもしないで言っているのだ。

そう思う前に、相手を知り、対話して誤解を解けば、その多くがケンカにならずに済むのに、人間は、つい感情的になってしまうのだ。



一人でも多くの人がこの映画を観て、「二人の間に何が起きたのか」をよく考えて欲しいと思う。

それが、世界を平和にする希望だからだ。


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本ページの情報は2019年9月時点のものです。最新の配信状況はU-NEXTサイトにてご確認ください。



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