シアーシャ・ローナン主演の映画「追想」を映画館で観た。

1962年のイギリスを舞台に、愛し合って結婚しながら、別れることになってしまった一組のカップルの結婚を描く。


満足度 評価】:★★★★☆

新婚夫婦が、若さゆえに衝突し、傷つけあってしまう。

そんなことで、突っぱねないでと思うけど、それこそが若さなのだ。

時間が経つにつれ角がとれていき、互いに意思の疎通を感じた瞬間には涙が出てがあふれてしまった。

心の美しい作品

目次

  1. 予告編
  2. 更新履歴・販売情報
  3. キャスト&スタッフ
     出演者
     監督
  4. あらすじ
  5. 感想


『追想』予告編 動画

(原題:On Chesil Beach)



更新履歴・公開、販売情報

・2018年8月14日 映画館にて鑑賞。

・2018年9月10日 感想を掲載。

現在、全国順次公開中。詳しい上映劇場情報につきましては、下記公式サイトをご参照ください。
 ↓
「追想」公式サイト



原作本「初夜」

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キャスト&スタッフ


出演者

シアーシャ・ローナン

〇ビリー・ハウル


〇エイドリアン・スカーボロー

〇アンヌ=マリー・ダフ

〇サミュエル・ウェスト

監督

〇ドミニク・クック


2018年製作 イギリス映画



追想



あらすじ

1962年の夏、結婚したばかりのエドワード(ビリー・ハウル)と、フローレンス(シアーシャ・ローナン)は、新婚旅行でリゾート地のチェジルビーチを訪れていた。

そんな二人が迎えた初夜。

嬉しさと喜び、緊張感と不安、さまざまな感情が入り混じり、やがて二人は口論を始めてしまう。

フローレンスの考え方を受け入れられないエドワードは、部屋を飛び出してしまい…。



追想3





感想(ネタばれあり)


とても真面目でピュアゆえに裏目に出てしまうふたり…


時代は1962年のイギリス。

今ほどセックスはカジュアルなものではなく、人々はもっと純粋だった。



結婚したばかりのフローレンスとエドワードは、新婚旅行を過ごすためにリゾート地のチェジルビーチに行くが、結婚初夜から大ゲンカをしてしまう…



若さとは、それだけでとても魅力的である。

しかし、経験が少ない分、不器用でうまく立ち回ることができず、一番大切な人を傷つけてしまうこともある。



フローレンスも、エドワードも、とても真面目でピュアな人たちだ。

そんな真面目なふたりだからこそ、目の前にいる人を失望させたくないと思うし、傷つけてはいけないと思ってしまう



その気持ちばかりが先走り、愛し合う若い夫婦は、思わぬできごとから大ゲンカへと発展してしまう。




追想2



二人の間をこじらせるさまざまな問題


そんな二人の関係をこじらせていたのは、フローレンスの両親だったように思う。



1960年代のイギリスは、国民が貧しさを強いられていた時代だった。

その中で、フローレンスの父はホワイトカラーの成功者で、エドワードの家族を「労働者だ」と言って見下し、フローレンスには異常な愛情を見せる。



その父親の「異常な愛情」に対し、母親は見て見ぬふりをし、そんな両親の存在がフローレンスを苦しめる。

だからこそ、彼女の中では、愛する人と愛のある家庭を築きたいと、人一倍強く思っていたはずだ。



エドワードも、強制的にフローレンスの父の会社に入社させられ、未来の義父から支配されているという立場にあった。

本当なら、エドワードは歴史学者になりたかったのだ。

しかし、庶民的な家庭で育ったエドワードは、フローレンスの家族を失望させない夫にならなければいけないという気負いがあったに違いない。



そんな二人が結婚して迎えた初夜。

夢を希望を抱いていたエドワードと、喜びよりも恐れの方が大きかったフローレンス

そんな二人の感情がぶつかり合って、その場は異常な緊張感が生まれてしまう



その中で、フローレンスは父から受けた過去の辛い思い出がよみがえり、もしも、処女ではないとばれたら、エドワードを失望させるに違いないと思ったはずだ。

なにしろ、時代は1960年代なのだ。

その時、フローレンスが勇気を出して、心の中にある不安と真相を洗いざらい話していたら、話は違っていたかもしれない。



けれど、エドワードは「フローレンスはセックス嫌いだ」と思い込んでしまう。

実際、それは間違いではなく、フローレンスと父との間にあったことが生理的嫌悪感をもたらしていたのは間違いないと思う。



それに、長い間夢見ていた結婚初夜の日に、この当時の若い男性に対して、新婦が「私はセックスできません」と言ったら、怒り心頭になってその場から逃げ出すのも無理はない。



エドワードもフローレンスも、本当に愛し合っていたのだ。

けれど、二人の家柄の違い、フローレンスが育った家庭の問題、1960年代という時代、若すぎるふたりの経験のなさ、それらの問題が純粋で真面目な二人の愛に複雑に絡み合い、引き離してしまったのだ。



追想5



チェジルビーチの小石のように年月を重ねるふたり


私がこの映画を観ていてグッと来たのは、そこから後の年月だった。

エドワードは、あの時どうしても理解できなかったことを、長い年月をかけて理解していく。



二人が別れてから10年程経ったとき、たまたまエドワードはフローレンスに娘がいることを知ってしまう。

そこで、フローレンスはセックス嫌いではなかったのか…という事実にエドワードは衝撃を受ける。



そこからさらに30年時が経ち、エドワードはフローレンスとの約束を果たしに行く。

その時、彼らは目を合わせ、互いに涙を流している姿を見れば、それだけで十分だった。

長い長い年月をかけて、二人は和解したのだ。



この映画の原題にもなっている「チェジルビーチ」は、日本では見られない小石の浜なのだという。

(参考:地球の歩き方の口コミページにその記載があります→「地球の歩き方 口コミ」)



海岸にある無数の小石は、波に洗われ、互いにこすり合い、角が取れて丸くなっていく。



人間も、その小石たちと一緒だ。

お互いにとがっているいる間は、ぶつかり合って離れてしまう

そこから長い年月をかけ、角が取れ、丸くなった時に、ようやくお互いの立場が理解できることもあるのだ。



追想4



すべてが若さゆえ


「若さ」とは、それだけでも十分素晴らしいものである。

けれど、経験が浅いため、相手の言動を理解できず、傷つけてしまう



どちらが悪くて、どちらが正しいとかいう問題ではない。

若い頃は、どうしても理解できないこともあるのだ。

「あの時、一言声をかけておけば」と後から思うのは、それだけ、年月を重ね、大人になったということだ。



フローレンスが、その後、結婚し子供を産んだのは、結婚がうまくいかず「処女でなければならない」というプレッシャーから解放されたのもあるだろうし、相手が、フローレンスをずっとそばで見守って理解していた人だからというのもあっただろう。

現代だったら、なんてことはないささやかな理由かもしれないが、当時のフローレンスにとっては、重大な問題だったからこそ、本を読んでまでスムーズに終わらせようと思っていたのだ。



もしかしたら、エドワードは最後の瞬間まで、そのフローレンスの心にある全てのことを理解してはいないかもしれない。

けれど、あの時、二人は誰よりも愛し合っていたことに違いはない

それを確認するための、ラストシーンだったのだ。

そんな二人を見ていて、私は涙が止まらなかった。



たとえ、その時、理解し合えず衝突してしまっても、焦る必要はない

ゆっくりと時間をかけて、お互いに、少しずつ理解し合えばいいのだ。

それができなかったフローレンスとエドワードには、若さゆえのもどかしさと、切なさと美しさを感じた作品だった。





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