ドイツ・フランス合作映画「未来を乗り換えた男」を試写会で観た。

1942年にドイツ人作家アンナ・ゼーガースが亡命先のマルセイユで執筆した小説「トランジット」を時代を現代に置き換えて映画化した作品。


満足度 評価】:★★★★☆

1940年代ナチスドイツがユダヤ人を迫害したのはファシズムで、現代のヨーロッパが難民を排斥するのはファシズムではないのか。

そんなことを考えさせられてしまった。

その描き方がとても斬新で、見入ってしまう作品だった。

目次

  1. 予告編
  2. 更新履歴・販売情報
  3. キャスト&スタッフ
     出演者
     監督
  4. あらすじ
  5. 感想


『未来を乗り換えた男』予告編 動画

(原題:Transit)



更新履歴・公開、販売情報

・2019年1月8日 試写会にて鑑賞。

・2019年1月21日 感想を掲載。

現在、全国順次公開中。詳しい劇場情報につきましては、下記公式サイトをご参照ください。
 ↓
映画『未来を乗り換えた男』公式サイト

原作:「Transit」【洋書】

Transit

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キャスト&スタッフ


出演者

〇 フランツ・ロゴフスキ

〇パウラ・ベーア

〇ゴーデハート・ギーズ

監督

〇クリスティアン・ペッツォルト


2018年製作 フランス・ドイツ合作映画



未来を乗り換えた男




あらすじ


ドイツからフランスのパリへ逃れてきたゲオルク(フランツ・ロゴフスキ)は、偶然、パリのホテルで命を落とした小説家のIDを手に入れる。

フランスから船で出国しようと考えたゲオルクは、パリからマルセイユへ向かい、その小説家を家を訪ねる。

すると、ゲオルクはその小説家の妻マリー(パウラ・ベーア)に心を奪われていってしまう…。



未来を乗り換えた男2






感想(ネタばれあり)


1942年のヨーロッパを現代に置き換える


この映画を観始めた時は、「いったい何を描いているのか」が理解できなかった。

しかし、先の展開が読めない展開にグイグイと引き込まれて観ているうちに、この映画に込められた思いを感じるようになった。

現代のヨーロッパで起きている移民問題を頭に思い浮かべながら、最初のうちはあまりよく理解できなくても、ぜひ、最後まで観て欲しい作品である。



原作は1942年に書かれた「Transit」という小説だという。

私は、この小説を読むどころか、存在さえも知らなかった。



その小説はドイツからマルセイユへ亡命した小説家アンナ・ゼーガースが書いた作品。

ということは、その時代から見て、当時ドイツからフランスへ逃げてきたゲオルクはユダヤ人という設定だったのだろう。



ユダヤ人のゲオルクがパリへ逃げ込み、そこで、偶然に小説家のIDを手に入れ、その小説家になりきって、ドイツ軍が迫るフランスから逃げようとする話だったのだろう。

なぜ、そんな風に、その原作の内容を推測するしかないのか。

それは、この映画が「現代」を舞台にし、ナチスドイツが一切出てこないからだ。



未来を乗り換えた男4



「未来への切符」を偶然手に入れたゲオルク


この映画の舞台は現代である。

いや、正確に言うと、明確に時代を定めていない。

だから、観た人が「これは現代の話だ」と思えば現代の話だし、「近未来の話だ」と思えば、近未来の話にも見える。

私には現代を舞台にしているように見えたが、それほど、時代は重要ではないよう思う。



ただ、主人公のゲオルグを追っているのはナチスドイツではない。

ただのドイツ軍だ。



「何かの理由」によってドイツで迫害を受けたゲオルクは、フランスのパリへと逃げ込むのだが、フランス人ではないため、フランスでも追われる立場のままだ。

そして、ドイツ軍は、ひたひたとフランスへの侵攻を続けていた。



その時、ゲオルクは偶然にも著名な小説家のIDを手に入れる。

そして、ゲオルクはその小説家になりきると、これまでとることができなかったビザをあまりにも簡単に手に入れることができ、小説家の美しい妻と知り合うことになる。

その小説家のIDは、ゲオルクを救う「未来への切符」だったのだ。



しかし、ゲオルクがたどり着いたマルセイユでは、多くの人がビザを求め、出国を望んでいた。

彼らはみな移民で、そこに住んでいるだけで警察に追われ、ある者は何もしていないのに警察に連れ去られてしまう。

そして、ゲオルクが知り合った人々が、彼の周りからどんどんといなくなってしまうのだ。



未来を乗り換えた男3



「ID」がその人の人生を決めてしまう時代


ゲオルクにとってマルセイユは、そこから船に乗って出国するという「Transit」のために立ち寄るだけのはずだった。

しかし、亡くなった友人の息子と仲良くなり、小説家の妻・マリーと知り合い…としているうちに滞在が伸びていく。

さらに、自分の人生も小説家にTransitしてしまう。



ここで考えさせられるのは、追われる者が「ID」さえ手に入れれば、自由に生きられるということだ。



たとえば、私は正真正銘の日本人で、日本のパスポートも持っているが、そう言いながらも、もしかしたら、中国人かもしれないし、韓国人かもしれない。

パスポートさえ偽造できれば、私は日本人のフリができるのだ。



つまり、IDという紙切れ一枚に彼らの人生は振り回されるのだ。

彼らは確かにマルセイユに住んでいて、そこに友人たちもいて、周りの人たちとコミュニケーションをしながら、日々、生活できているのに「ID」という紙切れがないだけで、その土地に住む権利がないと言われ、警察に連れて行かれてしまうのだ。



しかし、同じ移民でも著名な小説家であれば話は別で、ゲオルクは「小説家」というIDを持っていただけで簡単にビザを発給できてしまう。

ということは、現代の世の中では、生まれた国と職業によって、住める国が自ずと決まってしまうということなのだ。



未来を乗り換えた男5




排斥が進んだ結果、世界はどうなるのか


そこで思う。

1942年に小説「Transit」が書かれた時、ナチスドイツはユダヤ人を排斥し、ドイツは「ファシスト」だと言われた。



しかし、現在、たとえドイツが移民を排斥しても、それを「ファシストだ」と言う人はいない。

(そう言っている人がいても声は大きくならない)

むしろ、多くのドイツ人はそれを当然のことと思っている。



しかし、その「排斥」が進むと、ヨーロッパはどう変化していくのか

この映画は、その先の展開を描いているのが興味深かった。

ヨーロッパに暮らす人々がいなくなる」のだ。



ゲオルクがパリからマルセイユへ一緒に逃げた友人は、その途中で亡くなってしまい、その友人の妻と息子はマルセイユからどこかへ行って、いなくなってしまった。

その「排斥」に耐えられなくなって自殺してしまう人もいた。

そして、最後に悲しい事故が起きる。



そういう愛すべき無実の人が次々と亡くなっていくのが、「排斥」の結果なのだ。

それでも、排斥を続けるべきなのか。

たとえ、生まれた国が異国であっても、その人が住みたい場所に住めるのが、理想的な世の中なのでは…と思った。



1942年当時、ユダヤ人を迫害していたナチスドイツは誰もが悪だと思うだろう。

そして、それをナチスドイツのいない現代に置き換え、「迫害されているのは誰か…」と考えた時、それは移民に違いないと思う。

その迫害について、「ファシストだ」とまでは思わなくても、決して平和的な解決法だとは言えないだろう。



その様子を見ながら、「自分とは異なる人たちを受け入れるべき世界」について考えた作品だった。

いつか、自分も移民になる可能があるかもしれないという視点で考えたいと思う。





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