とにかく映画が好きなんです【本館】

とにかく映画が好きで、特にアメリカ映画大好きです このブログは、ネタバレありの映画鑑賞日記です。主にハリウッド映画と韓国映画をメインに感想を書いています


タグ:ルーカス・ヘッジズ



ジュリア・ロバーツ主演の映画「ベン・イズ・バック」を映画館で観た。

薬物依存症のリハビリ中の息子と、彼を救いたい母の物語。


満足度 評価】:★★★★☆

周りの人たちが言うように突き放して追い出してしまうのが一番良いのかもしれない。

でもそうと分かっていても、見捨てられないし、手を離すことができないのが母の愛。

が、息子にはそれが重すぎる。

そんな愛が切ない映画だった

目次

  1. 予告編
  2. 更新履歴・販売情報
  3. キャスト&スタッフ
     出演者
     監督
  4. あらすじ
  5. 感想
  6. 関連記事


『ベン・イズ・バック』予告編 動画

(原題:Ben Is Back)



更新履歴・公開、販売情報

・2019年5月30日 映画館にて鑑賞。

・2019年5月31日 感想を掲載。

現在、DVD、ネット配信、共に販売中。


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キャスト&スタッフ


出演者

 
ルーカス・ヘッジズ

〇コートニー・B・バンス

〇キャスリン・ニュートン

監督

〇ピーター・ヘッジズ


2018年製作 アメリカ映画



映画「ベン・イズ・バック」



あらすじ

クリスマスの日。

一家の長男ベン(ルーカス・ヘッジズ)が、薬物依存症のリハビリ施設から抜け出して、突然帰ってくる。

母ホリー(ジュリア・ロバーツ)は、そんなベンを歓迎するが、再婚相手である夫ニール(コートニー・B・バンス)と、ベンの妹アイヴィー(キャスリン・ニュートン)は、ベンのことを疑わずにはいられない。

その日の夜、家族で教会でのミサに出席して帰ってくると家の中が荒らされ、飼っている犬のポンスがいない。

ベンは、彼が帰ってきたことを知った昔の仲間の仕業に違いないと言い、家を飛び出していく。

ホリーは、そんなベンを追いかけ、一緒にポンスを探し始めるのだが…。



映画「ベン・イズ・バック」ジュリア・ロバーツ、ルーカス・ヘッジズ



感想(ネタばれあり)


クリスマスに突然帰ってきた薬物依存症の息子


クリスマスの日に、薬物依存症でリハビリ施設にいるはずの息子が突然帰ってきた。

その息子に対する家族の反応と思いが描かれる。



ベンは、一見、普通で、健康そうな人に見える。

しかし、家族にとってはそうではないようだ。



母ホリーは、ベンが帰ってきたのを見て、満面の笑みで喜んでいる。

ベンはクリアな身体になった。

だから、帰ってきたんだ。

そう思って、息子のことを信じていた。



しかし、高校生の妹アイヴィーはベンを見た瞬間に「きっと、良くないことが起きる」と感じ、素直に喜べない。

そのため、ベンを見て、真っ先にホリーの再婚相手の夫ニールに連絡を入れている。



アイヴィーから連絡を受けたニールもすぐに帰宅し、ベンの「予定外の帰宅」に疑問を投げかける。



そんな家族の反応に薬物依存症患者たちへの「信頼のなさ」を感じ取ることができる。

家族に対して嘘をつきながら中毒になり、リハビリ施設に行くまでになってしまった彼らは、何を言っても「また嘘をついているんだろう」ぐらいにしか思われないのだ。



それでも、母ホリーは息子ベンの言うことを信じたい。

しかし、夫と妹は、そんなベンに対して懐疑的なのだ。



この映画は、そんな家族たちのそれぞれの思いを描いた作品だった。

特に、息子に対する母の無償の愛には胸を締め付けられる思いだった。

しかし、果たして、その愛は本当に息子のためになっているのか…と考えさせられてしまう作品でもあった。



では、もしも家族が依存症患者になった時、どう対処すればいいのだろうか。



映画「ベン・イズ・バック」ルーカス・ヘッジズ、ジュリア・ロバーツ



母の知らない息子の黒い付き合い


ベンが帰ってきたクリスマスの日、教会のミサから家族が帰ってくると、家は荒らされ、愛犬ポンスが連れ去られてしまっていた。

ベンは、彼が帰ってきたことを知った昔の仲間の仕業だと思い、彼らの元へと向かう。



ホリーは、そんなベンの後を追い、ポンスを一緒に探すという。

そう言いながらも、ホリーはベンの監視をしたかったのだろう。

しかし、その結果、ベンの「考えられないような交友関係」を知ってしまうのだ。



ベンは心当たりのある人々を訪ねて回るのだが、彼らはどう見ても、関わりたくないような人たちだ。

ホリーはベンのそんな交友関係を知り、まるで地獄のような場所でドラッグの売買が行われている現場を見てしまう。

それでも、ホリーはベンの言うことを信じ、ベンをクリアな状態で連れて帰ろうとするのだ。



正直、私はスクリーンを観ているだけでも、その場にいるのが嫌で、早く場面が変わってくれないかなと思った。

それなのに、ホリーは自分の命よりも、息子の命を救いたいとばかりに、どんどん先へと突き進んでいくのだ。



もう、見捨ててしまえばいいのに。

警察を呼べばいいのに。

と何度思ったことか。



きっとホリーの中でも、突き放してしまうのが良いと思っていたに違いない。

けれど、それでも手を離せず、見捨てられないのが母の愛なのだ。

そんな愛に胸を締め付けられてしまった。



映画「ベン・イズ・バック」ルーカス・ヘッジズ



母の期待に応えたくても応えられないベン


母の愛は痛いほどよく分かったけれど、果たしてその時、ベンはどのぐらい薬と距離を置くことができていたのだろうか。



この映画の中で気になるシーンが2つあった。

それは、「ベンがアイヴィーと一緒に屋根裏部屋でクリスマスの飾りを探している時」と、「昔の仲間の運び屋をした見返りとしてドラッグが差し出された時」だ。




そもそも、ベンがこの家に帰ってきたのは、屋根裏に隠したドラッグのことを思い出したからではないかと思った。

ベンがで帰ってきて、家族と再会する前、家に入ろうとして、セキュリティに阻まれ入れず、窓を叩く場面がある。



その後、家族と再会し、ベンはツリーの飾りを見ながら「昔の飾りはどこにあるの?」と言い、ホリーが「屋根裏にあるわよ」と期待通りの答えをしたので、ベンはアイヴィーをつれて屋根裏へ行く。

この時、アイヴィーに「昔ここにドラッグを隠していたことがあって」と辛そうに言ったのは、アイヴィーを信じ込ませるための演技だったのだ。

実はその時、アイヴィーに知られないようにドラッグを取り出していたことを、ベンは終盤でホリーに告白している。



そして、もう一つ。

運び屋の見返りだ。

運び屋の仕事をした後、昔の仲間のドラッグディーラーはベンに、「これはお前のだ」と言って一袋のドラッグを差し出す。

しばらくそれを眺めていたベンは、結局もらって帰ってしまう。



その2件のできごとから、ベンの回復具合が分かる。

ホリーはベンのことを「信じている」と言い続け、ベンも、そんな母の期待に応えようとしているけれど、ベンは誘惑に勝てるほど克服できてはいないのだ。

むしろ、施設のリハビリに耐え切れず出てきてしまったのではないのか。



そんなベンに対して「あなたのことを信じている」と言い続ける母の愛情は、逆にプレッシャーで
重荷だったのではないか。

愛犬のポンスは無事に救うことができたけれど、ベンはドラッグの誘惑に打ち勝つことができず、母の期待に応えることもできず、ベンは薬を打ってしまうのだ。

その時の空しさと切なさは、何とも言えない、胸が押しつぶされる思いだった。



映画「ベン・イズ・バック」ルーカス・ヘッジズ



「ビューティフル・ボーイ」との違いから見えること


それでは、ホリーはベンにどう接することが正解だったのか。

最近公開された映画で、スティーヴ・カレルティモシー・シャラメ共演の映画「ビューティフル・ボーイ」がある。

そちらは、依存症の息子(ティモシー・シャラメ)と父(スティーヴ・カレル)のドラッグとの戦いを描いた作品で、実話が元になっている。



その時も、はじめのうち、父は息子を信じ、世話を焼き続けた。

しかし、それでは息子のためにならないと分かり、最後に父は息子を見捨ててしまうのだ。

そこから、息子は自分の現状の酷さに気付くのだが、ホリーもベンを助けたいと思うのなら、見捨てることが必要なのではと思った。



そのまま愛情を注ぎ続けても、最後にベンが助かったとしても、しばらくして、また同じことを繰り返すのだろう。



なので、はじめに息子が帰ってきた時に、嬉しかった気持ちはわかるけれど、心を鬼にして施設に送り返すのが正解だったのではないか。

それができないからこそ、母の愛なのだが。



薬物依存症を克服するのには、本人だけでなく、家族にも厳しさが必要だということなのだ。

とても厳しく、辛い決断を経て、ようやく断ち切ることができるのだろう。

その難しさを改めて感じた作品だった。



関連記事


家族が薬物依存症になってしまったら

「ビューティフル・ボーイ」
もしも家族がドラッグ依存症になってしまったら。家族にできることとは。父と息子の実話を映画化。スティーヴ・カレル、ティモシー・シャラメ共演【感想】


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ルーカス・ヘッジズ主演の映画「ある少年の告白」を映画館で観た。

アメリカに実在する同性愛者を矯正する施設の実態を実話を元に映画化。


映画「ある少年の告白」

満足度 評価】:★★★★☆

観ていてとても苦しかった。

人に恋をすることは素晴らしいことなのに、なぜ「悪魔の仕業だ」と言って矯正しようとするのか。

主人公を演じるルーカス・ヘッジズが素晴らしく、彼の困惑と葛藤に胸が締め付けられ涙した作品だった。

目次

  1. 予告編
  2. 更新履歴・販売情報
  3. キャスト&スタッフ
     出演者
     監督
  4. あらすじ
  5. 感想


『ある少年の告白』予告編 動画

(原題:Boy Erased)



更新履歴・公開、販売情報

・2019年5月8日 映画館にて鑑賞。

・2019年5月9日 感想を掲載。

より詳しい作品情報につきましては、下記公式サイトをご参照ください。
 ↓




キャスト&スタッフ


出演者

ルーカス・ヘッジズ

ニコール・キッドマン
…(「アクアマン」、「パーティで女の子に話しかけるには」、「聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア」、「LION/ライオン~25年目のただいま~」、「シークレット・アイズ」、「パディントン」、「リピーテッド」、「グレース・オブ・モナコ 公妃の切り札」、「バースデイ・ガール」、「レイルウェイ 運命の旅路」、「ザ・インタープリター」、「ファング一家の奇想天外な秘密」など)



〇トロイ・シヴァン


監督

ジョエル・エドガートン



2018年製作 アメリカ映画





あらすじ


ジャレッド(ルーカス・ヘッジズ)は、アメリカの田舎町にある牧師(ラッセル・クロウ)の息子として育った。

高校時代はガールフレンドがいたジャレッドだったが、親元を離れ、大学に通うようになると、女性よりも男性のことばかり考えてしまう自分に気付く。

そして、そのことを両親に告げると、父は牧師仲間に相談し、ジャレッドをある施設に入所させることを決める。

ジャレッドは母(ニコール・キッドマン)に連れられ、その施設に行くが、そこは同性愛を矯正し、異性愛に治すという施設だった…。



映画「ある少年の告白」ルーカス・ヘッジズ



感想(ネタばれあり)


アメリカに実在する「同性愛者矯正施設」


この映画を観て、まず驚かされたのは、この映画の舞台になっている「同性愛者矯正施設」の存在だった。

「人を好きになる」という気持ちは、誰もが持つ自然なことなのに、それを矯正するというのは、どういうことなのだろうか。

歯並びをきれいに矯正するのと同じレベルで考えているのだろうか…と思い、それがアメリカには実在しているということが不思議でならなかった。



この作品は、その施設に入所した人の体験談を元に映画化されている。

公式サイト(映画「ある少年の告白」オフィシャルサイト)によれば、現在もまだその施設は存在し、これまで約70万人もの人がそこでセラピーを受け、そのうち約35万人もの人が未成年者なのだという。



その実態に驚かされながら観ていたのだが、話が進んでいくうちに、その背景には、無神論者の私には理解できない「キリスト教の教え」があることが分かった。



キリスト教では、神はこの世に男と女を作った。

しかし、男性でも女性でもないゲイを神は作っていないと考える信者たちがいるのだ。



神の意志に反しているということは、悪魔の仕業に違いないから、セラピーをすることで彼らから悪魔を追い出そうと考えたのだ。

いや、恐らく彼らにとって「人とは違う」セクシャリティを持つゲイの人たちに嫌悪感を持っているだけで、理由は後からついてきたのではないかと思ってしまう。

それは、なんというこじつけだろうか…と呆れるばかりなのだが、かつてナチスドイツがユダヤ人だけでなくゲイの人たちも迫害したのは、きっと根底に同じ考えがあるからだろうと思った。



この映画は、自身のセクシャリティがストレートなのか、ゲイなのか、まだはっきりと自覚できずに悩んでいる少年ジャレッドが、そのことを親に相談した結果、施設に入れられてしまったことからスタートする。

牧師である彼の父は、息子の考えが間違っていることを諭すために、その施設に入れたのだが、その結果、息子は自分の意志を固めることになったのだ。



そのことを、彼は神に感謝すると言っている。



映画「ある少年の告白」ジョエル・エドガートン



牧師の父と、父の期待に応えたい息子


そんな宗教的な背景があるため、牧師であるジャレッドの父は、ジャレッドの「男性のことばかり考えてしまう」という告白は相当な衝撃だったに違いない。

田舎の小さな教会で、毎週日曜日に信者に説教をし、真剣に神に仕えることを考えて生きてきた父にとって、その息子の告白は受け入れがたいものがあったのだろう



一方で、ジャレッド自身も、大学へ行って友人にレイプされた後も、男性のことばかり考えてしまう自分に戸惑い、自身のセクシャリティに悩まされていた。

それでも、「父の期待に応える息子でありたい」という気持ちがあったからこそ、両親が進める施設に入所したのだろう。



どんなに大人っぽく見えたって、高校生から大学生ぐらいの年齢は、親の意向が大きく影響する年頃だ。

もしかしたら、本当に「僕は病気かもしれない」と思い悩んでいたのかもしれない。



映画の中でも、施設に通い始めた当初のジャレッドに、それほどの施設への嫌悪感は見られなかった。

その時は、「ただ、親の期待に応えたい息子」だったのだろう。



映画「ある少年の告白」ニコール・キッドマン、ラッセル・クロウ



ゲイと悪魔祓い。本当におかしいのはどちらなのか


ジャレッドが通いはじめた頃は、自身のセクシャリティに悩む青年たちをカウンセリングする施設に見てた。

しかし、やがて、彼らの「指導」はエスカレートしていく。

施設長(ジョエル・エドガートン)の説教からはじまり、やがてイジメのようになり、拷問から、最終的には「悪魔祓い」へと移行していく。



そこに集められた少年たちは、間違っているのは自分ではなく、施設の方であることに、やがて気付き始める

そして、それぞれが、彼らなりの対処をするようになる。



トロイ・シヴァン演じる入所者のゲイリーはジャレッドに対して「ゲイが治ったフリをして、早くここから出られることを考えろ」とジャレッドにアドバイスする。

しかし、他の入所者が「悪魔祓い」されている様子を見て、ジャレッドはその異常さに耐えられなくなり、そこを逃げ出すのだ。



そこまでの施設の様々なできごとを観て、ジャレッドは「自分がゲイであること」をはっきりと認識し、「悪魔の仕業だ」という彼らの方こそ異常だということに気付いたのだ。



私がその時の施設の異常さを見て思い出したのは、映画「フルメタル・ジャケット」だった。

その中には、軍隊を教育する鬼軍曹に追い詰められた兵士が、頭がおかしくなって自殺してしまう場面があるが、この映画の指導もまるでそんな感じだった。

「悪魔祓い」を受けた入所者は、その結果、頭がおかしくなって自殺してしまうからだ。

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ジャレッドのように正気を取り戻すことができればいいけれど、もしも、本当に真面目で、自分がおかしいかもしれないと悩んで入所してきた青年たちは、その施設で追い詰められ、心の病になってしまうだろう。

なぜ、そこまでしなければいけないのか

その「追い詰められる様子」を見ているこちらが、心が苦しくなってしまった。



映画「ある少年の告白」ルーカス・ヘッジズ、セオドア・ペレリン



自分の気持ちに素直に生きることが一番幸せなこと



その矯正施設は、私には最初から最後まで違和感しかなかった。

初めから、彼らはゲイのことを「依存症」と同じレベルで考えていたからだ。

アルコール依存症や、ドラッグ依存症や、ギャンブル依存症と並列でゲイを考えている。



ゲイは、病気でも依存症でもない

人を好きになるということは、相手が同性であれ、異性であれ、とても自然なことなのだ。

その思いは、両親にも、牧師にも、神様にも止める権利はない。



人が誰を好きになろうが、周りに何を言われようが、それは本人の自由なのだ。



ジャレッドが、その施設で目にしたことは、あまりにも辛いことが多すぎて後半は泣きっぱなしだった。

何より残念だったのは、最後の最後まで、父と息子が理解し合えなかったことだった。



「他人を許すこと」がキリスト教なら、人とは違うセクシャリティを受け入れることもできるのではないかと思ったのだ。

しかし、お父さんの中では「ゲイは絶対あってはいけないこと」なのだと思った。



けれど、良いこともあった。

その施設に通ったことで、ジャレッド自身が自分のセクシャリティを認識し、受け入れることになったことだ。



それは、不幸中の幸いだったと思う。

ラストに出てきたジャレッドは自信に満ち溢れ、堂々としていたからだ。

彼は、その施設に通うという辛い経験を経て、立派な大人に成長したのだ。



もしも、自分のセクシャリティが人とは違うと思い悩んでいる人がいたら、ぜひ、この映画を観て欲しいと思う。

そして、自分の気持ちに素直に生きることが、一番幸せな道であると知って欲しい。

自分の人生は、他人のものでもなく、自分自身のものなのだ。




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ケイシー・アフレック主演の映画「マンチェスター・バイ・ザ・シー」を映画館で観た。

兄の訃報を受けて帰郷した男性。そこから彼は思いだしたくない過去に引き戻される…。


満足度 評価】:★★★★★

私の中では今年トップクラスに素晴らしい作品だった。

酷く悲しいことが起きた時、その悲しみ方も立ち直り方も人それぞれ。

この映画では、そこから無理に立ち直らせようとせず、主人公をそっと見守っているスタンスの距離感がとても良かった。

人は何かがあったから立ち直れるわけではなく、様々な出来事のなかで少しずつ起き上がれる。

その自然さがとても良かった。

目次

  1. 予告編
  2. 更新履歴・販売情報
  3. キャスト&スタッフ
     出演者
     監督
  4. あらすじ
  5. 感想


「マンチェスター・バイ・ザ・シー」予告編 動画

(原題:MANCHESTER BY THE SEA)



更新履歴・公開、販売情報

・2017年5月19日 映画館で観た感想を掲載。

・2019年3月10日 WOWOWでの放送に合わせて加筆・修正。

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キャスト&スタッフ


出演者

ケイシー・アフレック
…(「A GHOST STORY/ア・ゴースト・ストーリー」、「ザ・ブリザード」、「トリプル9 裏切りのコード」、「ジェシー・ジェームズの暗殺」、「ファーナス 訣別の朝」、「インターステラー」など)

ミシェル・ウィリアムズ
…(「アイ・フィール・プリティ! 人生最高のハプニング」、「ヴェノム」、「ゲティ家の身代金」、「フランス組曲」、「ブロークバック・マウンテン」、「マリリン 7日間の恋」、「OZ はじまりの戦い」など)

…(「ファースト・マン」など)

ルーカス・ヘッジズ
…(「ベン・イズ・バック」、「ある少年の告白」、「レディ・バード」、「スリー・ビルボード」、「マンチェスター・バイ・ザ・シー」など)


監督・脚本

〇ケネス・ロナーガン

製作

マット・デイモン
…(「ジェイソン・ボーン」、「オデッセイ」、「インターステラー」、「ミケランジェロ・プロジェクト」、「プロミスト・ランド」、「コンテイジョン」、「アジャストメント」、「トゥルー・グリット」、「インビクタス/負けざる者たち」、「世界で一番パパが好き!」など)


2016年制作 アメリカ映画

第89回 アカデミー賞(2017年)主演男優賞、脚本賞 受賞作品


映画「マンチェスター・バイ・ザ・シー」



あらすじ

ボストンでアパートの水漏れ・つまりの修理、建物の修繕を行ういわゆる何でも屋をしているリー・チャンドラー(ケイシー・アフレック)の元に兄ジョー(カイル・チャンドラー)の訃報が入り、数年ぶりにボストン郊外にある小さな港町マンチェスターへ帰る。

葬式だけを済ませてボストンに戻る予定だったが、遺言により兄の16歳になる息子パトリック(ルーカス・ヘッジズ)の後見人に指名されていた。

リーはチャンドラーと共にマンチェスターで暮らすこととなるが、彼にはそこで暮らしたくない悲しい思い出があった…。

映画「マンチェスター・バイ・ザ・シー」ケイシー・アフレック



感想(ネタバレあり)


立ち直れないほどの悲しみから起き上がるためには


人は心に二度と立ち直れないような傷を負った時、どうやって立ち直っていくのか

どこかにラインが引かれていて、そのラインに到達したら「はい。立ち直りました!」というものではなく、誰かに背中を押されて立ち直るものでもない。

時間が解決してくれるというけれど、ただ時間が経てばいいというものでもない。



この映画の主人公ケイシー・アフレック演じるリーとミシェル・ウィリアムズ演じる元妻のランディの間には、立ち直れないような悲しい出来事があった。

その後二人は離婚してしまい、リーはマンチェスターを出てボストンで暮らし始める。



しかし、兄の死によってリーはマンチェスターに引き戻され、訃報を聞いたランディもまたマンチェスターへ戻って来る。

映画の中では、リーとランディの久しぶりの対面や、兄ジョーを亡くしたリーと彼の甥にあたるパトリックとの交流を通して、少しずつリーの心の傷が癒えていく様子を描く。



また、その微妙な心の揺れを表現したケイシー・アフレックは、この映画でアカデミー賞主演男優賞を受賞している。



映画「マンチェスター・バイ・ザ・シー」ケイシー・アフレック、ルーカス・ヘッジズ



立ち直るための時間も方法も人それぞれ


この映画の中で素晴らしいなと思ったのは、リーを無理矢理立ち直らせようとしないところだった。

様々な映画の中で、悲しみに心を打ちひしがれた主人公が必死で前向きになろうとしている姿を描く作品もある。

それはそれで良いし、そんな必死さから元気をもらうこともある。



しかし、私たちが実際に生きていく中で、辛いことがあった時、そんなに必死になって悲しみから立ち上がろうとするだろうか。

少なくとも私はそうではない。



何も話したくないから人と会うことを避け、しばらく泣き続ける日を過ごし、少し落ち着いてきたところで気を遣わなくていい友人と会って会話する。

そうやって少しずつ現実社会に戻っていくのだ。



この映画の中には、そのゆったりしたペースの自然さがある。

リーは悲しい出来事があってから、生まれ育った町を出て都会で暮らし始める。

町から離れていれば、その過去の痛みに苦しめられることがないからだ。



しかし、今度は強制的にその悲しかった故郷に戻ってくることになった。

それは兄からの「もう自分を許してもいいんじゃないか」というサインのようにも見えた。



そこで彼は、父を亡くした甥のパトリックと悲しみを共有し、元妻のランディと会話することで心の奥に蓋をして隠してた悲しみと対面する。

兄は許してくれても、近所の人たちは許してくれていないという悲しい現実も知る。



町のそこかしこに幸せな思い出があって、それをぶち壊してしまった昔の自分がいて、いつまでも過去の自分を許せない今の自分と町の人たちがいる。

だから、マンチェスターでは暮らせない。

その彼の結論はとても自然な流れに見えて、その自然さがとても良いと思った。



映画「マンチェスター・バイ・ザ・シー」ケイシー・アフレック、ルーカス・ヘッジズ



「愛してる」という言葉の破壊力


しかし、久しぶりに帰ったマンチェスターで過ごした日々は、彼にとって癒しの時間になったことは間違いない。



最も大きな力になったのは、元妻ランディとの再会だ。

悲しい事故があった時、リーと同じ悲しみを共有したランディだったが、久しぶりに会った彼女は再婚して、再婚相手との間に子供もいた。



リーよりも早く立ち直り、新たな人生を始めていたランディは既に心の中でリーのことを許していた。

そのことを泣きながらリーに告げるランディ。

(この時のミシェル・ウィリアムズの演技は本当に素晴らしかった)



この時のランディにリーはどれだけ癒されただろうか。

「ごめんなさい」や「ありがとう」の言葉よりも「愛してる」の一言が、人の心を癒すのにどれだけ絶大な力を持っているか



長い長い時間よりも、一人の人とのわずか数分の会話が人の心を数倍癒す証明のような場面だった。

そこまでくれば、あとはリー本人が自分を許すのを待つだけだが、それにはまだまだ時間がかかりそうだ。


映画「マンチェスター・バイ・ザ・シー」ケイシー・アフレック、ミシェル・ウィリアムズ



笑顔に見える希望の光


私がこの映画の中で最も好きなのは、最後にパトリックと船に乗るシーンだ。



ランディと再会した後、少し気持ちが前向きになり、パトリックをジョージの養子に出すと決め、リーはボストンに帰ると決めた後、少し肩の荷が下りたのか、笑顔が出るようになる。

パトリックがカノジョその1(16歳のクセに恐るべし!!(笑))と船を操縦しながらイチャイチャしている姿を微笑ましく見守っているリー。

そして、パトリックと楽しそうに釣りをしているリーの後ろ姿。



この時の彼は、一番最初にマンチェスターに帰ってきた時のこわばった表情とは明らかに違う。

ラストシーンの彼には明らかに希望の光が見える。



私はそんなリーの後ろ姿を見ながら、「えっと、ケイシー・アフレックってこんなに良い俳優だったっけ」と思った(笑)

それぐらい、この映画のケイシー・アフレックは神がかって良い演技をしていた。



人の笑顔には希望と未来がある

リーがどんなに拒絶しても過去はやり直せないし、未来はやってくる。

目の前にあることを1つずつ乗り越えながら生きていけば、きっといいことがある

そう思えたラストシーンだった。






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フランシス・マクドーマンド主演の映画「スリー・ビルボード」を映画館で観た。

アメリカの小さな田舎町で娘をレイプされ殺された女性が、町に看板を3枚の広告看板を作ったことで町民に起こる波紋を描く。


満足度 評価】:★★★★★

これはすごい映画だった!

私にはちょっと恐ろしい映画だった。

この感想にはネタバレを含みます。映画をご覧になってからお読みください

目次

  1. 予告編
  2. 更新履歴・販売情報
  3. キャスト&スタッフ
     出演者
     監督
  4. あらすじ
  5. 感想


「スリー・ビルボード」予告編 動画

(原題:Three Billboards Outside Ebbing, Missouri)



更新履歴・公開、販売情報

・2018年2月8日 映画館で観た感想を掲載。

・2018年11月18日 WOWOWでの放送に合わせて加筆・修正。

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キャスト&スタッフ


出演者

フランシス・マクドーマンド
…(「プロミスト・ランド」など)

ウディ・ハレルソン
…(「記者たち~衝撃と畏怖の真実~」、「LBJ ケネディの意志を継いだ男」、「ハン・ソロ/スター・ウォーズ・ストーリー」、「猿の惑星:聖戦記(グレート・ウォー)」、「スウィート17モンスター」、「ファーナス 訣別の朝」など)

サム・ロックウェル
…(「バイス」、「プールサイド・デイズ」、「ギャラクシー・クエスト」、「禁断のケミストリー」など)

〇アビー・コーニッシュ

〇ジョン・ホークス

〇ピーター・ディンクレイジ

ルーカス・ヘッジズ
…(「ある少年の告白」、「レディ・バード」、「マンチェスター・バイ・ザ・シー」など)


監督

〇マーティン・マクドナー


2017年製作 イギリス映画



スリー・ビルボード




あらすじ



アメリカのミズーリ州にある田舎町エビング。

その町で娘がレイプされ、殺されてから7か月が経ち、業を煮やしたミルドレッド(フランシス・マクドーマンド)は事件現場のそばにある3枚の看板に自分の意見広告を掲載する。

「娘がレイプされ殺された」「まだ犯人はつかまっていない」「どうする?ウィロビー署長?」という3枚。

その看板が町に思わぬ波紋を呼ぶことに…。



スリー・ビルボード2




感想(ネタバレあり)


3枚の看板に込められたミルドレッドの希望



これは面白い映画だったなぁ。

ただの看板、されど看板。

町はずれにある3枚の看板が、予期せぬできごとを引き起こす。



娘をレイプされ、殺された女性・ミルドレッドは、町はずれの道路沿いに警察の不手際を告発する3枚の看板を立てる。

「警察は黒人を差別することで忙しく、娘の事件を捜査してくれないから」という理由で。



だからなのか、その看板は赤地に黒文字のみというシンプルな作りながら、その色合いはナチスドイツを思い起こさせる

つまりそれは「警察=ナチ=差別的 である」と言っているように見える

実際に、警察官のディクソン(サム・ロックウェル)はいかにも南部の田舎町にいそうな「差別主義」の白人男性である。

彼は、私たちがニュース映像でよく見る黒人をこん棒で殴っているような南部の保守的な白人警官を象徴しているのだ。



その色合いで警察がいかに差別主義的で無能なのかを皮肉り、その上で、ミルドレッドは「怒り」の感情を文字に乗せている

彼女が、その看板に書いた「警察への3つの告発」とは

「娘がレイプされ殺された」

「犯人はまだ逮捕されていない」

「どうする?ウィロビー署長?」

という3枚。



なぜ、看板は3枚だったのか

それは、それぞれが過去・現在・未来を示している

娘がレイプされたという「過去」、まだ逮捕されていないという「現在」、そしてこれからどうするのかという「未来」



その中で、「未来」の看板にウィロビー署長(ウディ・ハレルソン)の名前が書かれているのは、ミルドレッドにとってウィロビー署長が未来への希望だったからだ。

南部の小さな田舎町の「差別的な(ナチ的な)警察の中で、最もまともなウィロビー署長」にミルドレッドは期待をかけて、その看板を書いたのだろう。

しかし、ミルドレッドのその希望はもろくも崩れ去っていく…。



スリー・ビルボード4


「秩序」を失った町は感情がエスカレートする



ミルドレッドの希望だったウィロビー署長は病気を苦に自殺してしまう。

これは恐らく、ミルドレッドの「スリー・ビルボード」が掲げられる前から署長が決めていたことなのではないかと思う。



ミルドレッドからしたら、差別主義者ディクソンの手綱を取れるのはウィロビー署長だけだと思ったのだろう。

しかし、ウィロビー署長は自分と家族のことで精いっぱいだったのだ。



そうして、「町の秩序」だった署長がいなくなってしまったことで、町はたががはずれ、やがて町民の感情はエスカレートし、カオスになっていく

ミルドレッドの看板は炎上。

それがディクソンの仕業だと思ったミルドレッドは警察に放火をし、警察署が炎上。

たまたまその場にいたディクソンは全身に大やけどを負ってしまう。

ウィロビー署長という「秩序」を失った町で起きたのは、報復の連鎖だったのだ。



しかし、看板の炎上はディクソンの仕業ではなく、ミルドレッドの元夫の仕業だったのだ。

看板を見て「ブチ切れた」元夫は、怒りに任せて看板に火を放ったのだ。

娘を失ったという思いは、ミルドレッドも元夫も同じながら、表現の仕方はそれぞれ。

その時、既にミルドレッドも、ディクソンも、ミルドレッドの元夫も感情のコントロールができなくなっていた



しかし、ミルドレッドが放火した時、彼女のそばにいたジェームズのナイスプレーによって、ミルドレッドが放火したことはばれずに済んでしまう。

放火された時、警察署で敬愛するウィロビー署長からの手紙を読んでいたディクソンは、大やけどを負ってしまうが、それまでの自分の行いを反省し、その手紙に書かれていた「善い行いができる人間になれ」という言葉に心を動かされる。



そして、ディクソンは、ミルドレッドの娘の事件を解決することがウィロビー署長の言う「善い行い」だと思うようになる。

これは一見、「雨降って地固まる」のように見えるが、ディクソンの怒りの矛先が「レイプ犯」に移っただけなのだ。



スリー・ビルボード3


Twitter村の炎上を連想させる「3つの看板」



そんな「3枚の看板が引き起こす騒乱状態」を観て、私は「Twitterの炎上」を連想した



ミルドレッドが看板に込めた「3つの告発」は、「『Twitter村』に思いをぶちまける3つのつぶやき」である。

「Twitter村」では、そのつぶやきに対し、賛否両論が起きる。

たいていが賛成の声よりも、否定的な声の方が大きく、その声は拡散し、やがて炎上する。



つぶやきが炎上したことで、意気消沈し消えていく者もいれば、さらにつぶやきを連投する者もいる。

また、たとえ数が少なくても彼女を支援する「賛成の声」は、彼女の背中を押し、その声が集まれば集まるほど気持ちは大きくなっていき、「もっとやっていいんだ」という気持ちにさせる

これはTwitterでいえば、「いいね」や「リツイート」の数のことである。



批判の声の中には、命の危険を感じるような脅迫もあり、ひどく落ち込むこともある。

それでも、ミルドレッドは戦い続け、町は騒乱状態になる。

Twitterでいえば、それが「炎上」であり、

ミルドレッドは周りの批判が大きくなればなるほど、アクションを起こすタイプなのだ。

それが、誰も望んでいない「警察への放火」であり、これが次の報復の連鎖へとつながっていく。



そこまでくると、エスカレートした彼女を見た賛同者の中には、ジェームズのように「あなたの進む方向は間違っている」と言って離脱していく者もいる。

しかし、その時には既に気持ちが高ぶっているミルドレッドからしたら、「離脱した人がおかしい」と思い、「去る者は追わず」の状態になっている



さらにエスカレートすると、ミルドレッドが投下した「犯人はまだ見つかっていない」という声に乗じて「犯人探し」が始まり、それはやがて「魔女狩り」へと進展していく



それまで対立し続けていたミルドレッドとディクソンが手を組んで始めたのが、まさに「魔女狩り」だったのだ。

はじめ「怒りの告発」を投下したミルドレッドは、「正義はどこにあるのか」を問いかけたかったはずだ。

その結果として、「差別主義者」のディクソンと手を組んで「レイプ犯探し」をすることは、決して正義ではないし、それはウィロビー署長が望んでいた「善い行い」ではない



周りの「いいね」の声に踊らさせれて、ミルドレッドは「自警団」にでもなった気分になってしまい、行き先を間違えてしまった。

それもこれも、「彼女の希望だったウィロビー署長」が亡くなってしまったことから端を発している。



スリー・ビルボード5


SNSのつぶやきに社会が巻き込まれる現代



アメリカでは、Twitterにおける「大統領のつぶやき」が連日ニュースになっている。

その中で、大統領は自ら新聞社の実名を挙げ「フェイクニュースだ」と怒りのつぶやきをする。

そう言われた新聞社は、大統領批判に熱を込めるようになる。

この負の連鎖反応は、まさに町の秩序(ウィロビー署長)を失った町の騒乱状態と同じである。



SNSでは、毎日のようにそうした「批判合戦」による炎上が起きている。

それを読んだ人たちは、その言葉を「自分の都合のいいように解釈」し、「犯人捜し」をスタートさせてしまう

そこに文字の恐ろしさがある。



ミルドレッドは、ただ「警察に一石を投じたいだけ」だったはずだ。

それが、警察官による暴力事件にまで発展してしまう。

Twitterでも、「死にたい」と言った一言が殺人事件にまで発展していまうのと同じことだ。



多くの人たちが後先を考えずに、気軽に批判をしたり、心情を吐露すると、それが受け取る側の解釈によって、事態は思わぬ方向に進んでいくというのがよくわかる。



もしもこの後、ミルドレッドとディクソンが手を組んで、あの「レイプした可能性がある男」を殺してしまったら、次はどうするのか。

彼は犯人ではないという証拠まであるのに。

また、「可能性のある男」を探し出して、勝手に制裁をくだすのか。

そうやって、どこまで魔女狩りを続けたら満足できるのか



それ以前に、あの男がバーで言った言葉は、ただの「はったりかも」しれないのに



最期はミルドレッドとディクソンのとてもさわやかな表情でこの映画は幕を閉じるが、私はそんな二人を見て、とても暗澹たる気持ちになった。

彼らがやっていることは、明らかに法を超えた「ただの自警団による魔女狩り」に過ぎないから。

ミルドレッドが看板を出した時に望んでいたのは、そんなことではなく、「事実」を知りたかっただけのはずなのに。

ディクソンが警察官ではない以上、そこに正義はないのだ。



それを思うと、現代の私たちはSNSに日常を振り回され過ぎているなと感じた。

著名人の多くのつぶやきが連日炎上し、議論が交わされるが、その結果、この映画のように最後は「犯人捜し」と「魔女狩り」で終わってしまうだけなのだ。

ミルドレッドの娘を思う気持ちには、何度も胸が張り裂けそうになったけれど、残念ながら、このやり方は正しくなかったなと思った。

世の中は、そんな彼女を応援してくれる人ばかりではないのだ。



この映画は、SNSの炎上がニュースをにぎわせている現代を見事に表した作品だった。

そして、その結末が私にはちょっと恐ろしい作品でもあった。








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シアーシャ・ローナン主演の「レディ・バード」を映画館で観た。

サクラメントで暮らす普通の女子高生のキラキラした日々を描く。グレタ・カーウィグの自伝的要素を込めた作品。


満足度 評価】:★★★★☆(4.5)

これは素晴らしい映画だったーーー!!

平凡な女子高生が、時に痛々しく笑わせながら成長し、ダサいと思っていたことの素晴らしさに気付く。

田舎でくすぶっている女子高生たちへの応援歌であり、母への素晴らしいラブレターである。



「レディ・バード」予告編 動画

(原題:Lady Bird)



更新履歴・公開情報


・2018年6月5日 映画館にて鑑賞。

・2018年7月4日 感想を掲載。

現在、公開中。劇場情報は下記公式サイトより。
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キャスト&スタッフ


出演者



〇ローリー・メトカーフ

〇トレイシー・レッツ



〇ビーニー・フェルドスタイン



監督・脚本



2017年製作 アメリカ映画



レディ・バード



あらすじ


2002年 田舎町のサクラメントで暮らす女子高生のクリスティン(シアーシャ・ローナン)は、自分の名前が気に入らず、「レディ・バード」と名乗り、両親にもレディ・バードと呼ぶように言っていた。

高校生最後の年を迎えたレディ・バードは、この田舎町を抜け出し、NYの大学に行くことを夢見ているが、母親(ローリー・メトカーフ)からは地元の大学に通うように言われる。

そこで彼女は母には内緒で父(トレイシー・レッツ)を味方につけ、NYの大学に行けるように計画する…。



レディ・バード4




感想(ネタバレあり)


ダサい毎日にうんざりしている女子高生のキラキラした日々



ダサい毎日にうんざり。

早くこんな田舎町を出て、都会でおしゃれな生活をしたいし、親なんてうざいだけ。

私にはイケメンの彼氏や、イケてる友達ができて、人生はもっと光り輝くはず。



きっと、かつて女子高生だった人なら誰でも、そう思っていた時期があるはず。

この映画は、そんな「女子高生あるある」が詰まったキラキラした映画だった。



舞台は2002年 カリフォルニア州にある田舎町のサクラメント。

主人公は、高校生最後の年を迎えたクリスティン。

自分の名前が嫌いで、レディ・バードと名乗っている。



なぜ、舞台が2002年なのか。

この映画は、「20センチュリー・ウーマン」や「マギーズ・プラン-幸せのあとしまつ-」で女優として出演しているグレタ・カーウィグの初監督作品であり、彼女の自伝的要素が込められた作品だからである。

2002年に、グレタ・カーウィグはサクラメントで十代を過ごしていたのである。



身の回りの全てが嫌いなレディ・バード」とは、グレタ・カーウィグ自身のことであり、今となっては、ハリウッドで最も将来有望な監督、女優と言われる彼女の思春期がイキイキと、キラキラと描かれていた。



ちなみに、「レディ・バード」を直訳すると「てんとう虫」であり、西洋でてんとう虫はマリアの虫と言われ、幸運を呼ぶ虫 ラッキーアイテムとして知られている。

つまり、クリスティンは「私は幸運を呼ぶ女神なんだから、明日からそう呼んでね」なんて自分で宣言してしまう、ちょっとイタイ女子高生なのである。



イタイ女子高生というと、映画「スウィート17モンスター」がすぐに思い浮かぶ

この「レディ・バード」と「スウィート17モンスター」はよく似た作品だけど、とても対照的だ。

スウィート17モンスター」の主人公ネイディーンは、「私なんて死んだほうがまし」と考えるネガティブタイプだが、「レディ・バード」のクリスティンは「私には、もっと洗練された都会の生活が待っている」という「根拠のない自信」に基づくポジティブタイプだ。



女子高生の思考回路は、日々、ネイディーンとクリスティンを行ったり来たりするものだ。

昨日はネガティブ、今日はポジティブ。

それこそが思春期であり、だからこそ、どちらの気持ちにも共感できるのだ。

両方の映画を見比べてみて、自分はどちらのタイプだったか見返してみるのも楽しいと思う。



レディ・バード2




毎日が退屈なのは、周りが悪いせい



そんなちょっとイタイ女子のレディ・バードは、特に勉強ができるわけでもなく、クラスで目立つタイプでもない。

どこにもいる平凡な女子高生だ。



その年頃の女子高生らしく、身の回りの全てが気に入らない

自分はもっとイケてる女子だと思っている。

名前はレディ・バードだし、もっとカッコイイ彼氏がいて、もっとおしゃれな友達が自分には合っている。



何より、こんなダサい田舎町に暮らしていることにうんざりしている。

「私はこんなところにくすぶっているタイプではない。NYこそが、私にピッタリ合った町なんだ」と
思い、母親に反対されても大学はNYへ行こうと決めていた。



そんなレディ・バードには、日本でも多くの人たちが共感するに違いないと思う。

私は田舎町ではないけれど、横浜で暮らしていた。

それでも「東京に行きたい」と思い続け、東京の大学に行くことだけを考えていた。

東京に行けば、キラキラした人生が待っていると思っていたのだ。



毎日が退屈でつまらないのは、自分の努力が足りないのではなく、周りが悪いと考える。

それこそが、身体は大人でも、精神面が成長していない子供である証拠なのだ。

そんな「満たされない毎日」から抜け出して、さらに上を目指すことこそが成長の証なのだ。



しかし、本人はそのことに気付いていないからこそ、いろいろと失敗してしまうのだ。

その「痛み」こそが「成長の痛み」であり、この映画の愛すべきところなのである。



レディ・バード5




思い描いていた理想と現実の落差に気付かされる ありがたさ



しかし、都会の大学に行ったからといって、人生がキラキラするわけではない

レディ・バードもそのことに気付かされる



イケメンの彼氏と付き合っても、イケてる女子と友達になっても、憧れのNYで暮らし始めても人生がキラキラするわけではないのだ。

恋や友情は見た目のカッコ良さで手に入れられることはできないし、どんなに憧れても自分が育った町にかなうものはない。

まさに、理想と現実の違いを知るのが十代の痛みなのだ。



そして、サクラメントの両親の元からNYへ離れてみて初めて、それまで育ててくれた両親のありがたさを知ることになる。

クリスティンという名前は両親がつけてくれた素晴らしい名前だと初めて思うのだ。



そんなクリスティンの思いの一つ一つがとても丁寧に、イキイキと描かれているところがとても素晴らしい作品だった。

脚本を書いたグレタ・カーウィグにとって、当時は「ダサい毎日」だと思っていたけれど、大人になってみて、ようやく全てが輝いた日々に思えたに違いない。

だからこそ、その輝いた日々をこうして映画化したのだ。



レディ・バード3




「何事にも満足できない」気持ちがレディ・バードを成長させる



サクラメントで暮らしていたレディ・バードは、友達も、彼氏も、家族も、学校も、全てのことに満足できず、羽を広げてNYへと飛び立ったのだ。

そして、サクラメントから離れてみて初めて、そこで過ごした日々が素晴らしかったことに気付いた上で、NYで新しい人生をスタートさせる。



彼女の素晴らしいところは、常に「現状に満足しないこと」なのだ。

「私の人生はこんなもんじゃない。きっと、もっといい人生が私にはあるはず」と思うからこそ、上へ上へと目指せるのだ。



この映画を観て少し驚いたのは、クリスティンがあまりにも普通の女子高生だったことだ。

演劇をやってみても端役しかもらえず、勉強が得意なタイプでもない。

2002年にNYの大学に入れたのも、「911同時多発テロ」の翌年でNYの人気が落ちていたからだ。



ところが、そんな彼女が今となっては「アカデミー賞ノミネート監督」になっているのだ。

そんな彼女の成功は、田舎で暮らす女子高生たちの励みになるに違いないと思う。

だからこそ、グレタ・カーウィグもこの映画を撮ったに違いないと思った。



周りから「イタイ女」だと思われてもいい、「自分の世界観」を信じて諦めずに突き進めば、きっと自分の信じた世界を手に入れる時がやってくる

そう思える素晴らしい映画だった。

そして、「私はこんなはずじゃない」と思っている全ての人に見て欲しい作品である。

他の誰よりも、自分のことは自分で信じてこそ、信じた道が開けてくるのだ。



そして、この映画をグレタ・カーウィグの母親は見たのだろうか。

これは、母親への素晴らしいラブレターでもあった



クリスティンは、サクラメントから離れ、NYで暮らしてみてようやく母の偉大さに気付く

これもまた、子供から大人になる瞬間に誰もが気付かされる思いである。

NYへ行ったクリスティンがサクラメントでの日々の素晴らしさに気付き、その思いを綴った場面では思わず涙が溢れてしまった。



もしも、グレタ・カーウィグの母が観たとしたら、号泣して観たに違いない。



かつて、何者でもないただの高校生だった人たち全てに観て欲しい作品である。




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